人々のパブ離れ、リアルエール離れ
●最近のビール業界の動向
ロンドンの、特に都心部では、パブ業界に変革が起きている。正確に言えば、ビール業界の混とんが、そのままパブ業界にも反映されている。
以下、現在のパブ業界について、CAMRA(後述)のPRイアンやマイクロブリュワリーのレクトリー・エールの経営者・ブロスター氏に伺ったお話をもとに、述べていく。
パブの形態は大きく分けて3つに分けられる。
1 ビール会社が所有するパブ…そこの会社のビールか、取引があるビールしか置くことができない。その会社に縛られる(Tied)ので、そういうパブはタイドハウスと呼ばれる。
2 パブグループ・パブカンパニーが経営する直営パブ…最近、増えてきた。
3 どこにも属さない、個人経営のパブ…いわゆるフリーハウス。どのビールを置くかは自由なので、この名で呼ばれる。
また、ビール会社(工場)は、大きく分けて2つに分かれる。
1 ナショナル・ブランド…全英、あるいは国際規模のビール会社。あまりにも有名なバス、ギネスを筆頭にカールズバーグ・テトリーズ、ファーキン、スコティッシュ・クーレッジ、ウィットブレッド などが代表的。これらが製造・販売するビールのシェアは全体の7割程度。これらのビール会社は実際にはここ数年で外国企業にビール醸造の経営権を売却しており、大手の最後のとりでであったバス社とウィットブレッド社も2000年にベルギーのインターブリュー社にそれを譲った。
2 インディペンデント・ブリュワリー…ナショナルブランドに対してレジョナル(地域の)ブランドとも呼ばれる。この中でもさらに二つに分かれ、ロンドンのフュラーズ、ノッティンガムのハーディーズアンドハンソンズ、ハンプシャーのゲイルズ、ベッドフォードのチャールズ・ウェルズなどの、歴史もあり有名な地ビール会社の中では、全国展開しているものも少なくない。これに対し、小規模のブリュワリーでは本当にその地域でしか流通していない。
ところで、最近は、パブ内でのビール自体の売上も落ちている。その理由は2つ。一つは人々は家で過ごすことが多くなり、オフライセンスで買える格安の缶入りのエールビールを多く消費するようになったからだ。もう一つは、一般消費者によるヨーロッパ大陸からの安価なビールの持ち込みである。ユーロスターなどで気軽に大陸に行けるようになった今、酒税が安く・関税がかからなくてもいいので、大量に不法輸入する人が増えてきたのだ。その量は実に1日130万パイントと言われている。トランクが多少重くなっても、安さには勝てないということか。
こういうときに打撃を受けるのはいつも弱者なのは世の常で、まずフリーハウスがつぶれ出している。田舎のフリーハウスは今1日に一軒つぶれていると言われている。10年ほど前はフリーハウスは全体の6割くらいあったが、今は1割程度で、今後減っていく見通しだ。「うちが置くビールは俺が決める」というがんこ親父が減っているのだ。
フリーハウスの経営が悪化したオーナーの中には、日本でひと昔前、酒屋さんなどが軒並み大手コンビニエンスストアのフランチャイズ店となったように、ビール会社のタイドハウスとなる人もいる。どのパブリカンも言っていたことだが、やはりタイドハウスとして開業した方が、圧倒的にリスクが少ない。
●リアルエールの凋落
また、リアル・エールの売上自体も落ちていて、民間市場調査機関Mintel社によると、95年から99年間の4年間で31%も落ち込んでおり、さらに2000年に入って10%減少する見とおし。
これの原因は単純、現代人の「エールビール離れ」が進んでいるからだ。
これは、簡単に言えば、大陸の人々のラガー嗜好の影響を受けている、ということになる。最初のラガービールの波は1960年代にやってきた。フランスからクロイネンベルグ、ベルビーからステラアルトワ、ドイツからレイベンブローなどの銘柄が輸入されるようになった。人々の需要に押され、1970年代になると、イギリスのナショナル・ブランドたちが現地のビール会社と提携して、次々とこういったラガービールを醸造しはじめる。ウィットブレッド社がハイネケンとステラアルトワを、バス社がカールスバーグを、スコテッシュ・クーリッジがクロイネンベルグを、というふうにだ。
イギリスにおけるラガービールの消費量は、過去6年間で40%増加している。現在生ラガーはパブで年間約20億リットル飲まれているのに比べ、生エールは3分の1弱の6億リットルだ。(Mintel社調べ)ラガービールの喉ごしの良さとエールビールの味わいの深さを両方併せ持つSmoothflowの売上も急速に伸びている。これは60年代に英国内で飲まれていたビールのうち、リアルエールとスタウト(ギネスビール)が90%だったことを考えると、ものすごい変化なわけだ。
小規模なブリュワリー(マイクロブリュワリーともいう)は、主にリアル・エールを醸造しているが、最近のこのリアルエールの売上低迷が原因で、多くのマイクロブリュワリーが閉鎖に追い込まれている。ほとんどがナショナル・ブランドのビール会社に吸収されたところも多い。CAMRAの会報でも、毎月のように、「どこそこのブリュワリーがピンチだ。みな署名を集めよう。資金を提供しよう」と騒ぎ立てている。84年以降に閉鎖した醸造所は約55箇所、99年の1年だけでも10箇所にのぼる。ブロスター氏によると、ビール販売において、流通の人件費が一番かかるので、小さいところは全国に流通しづらく、これが醸造量を増やせない原因だそうだ。
こうしたブリュワリーは、中規模のものも含めて、経営しているパブごと大手のブリュワリーに吸収されてしまう。いつも通っていたパブに久しぶりに行くと、すでにオーナーが変わっていて、ビールのラインナップがガラっと変わっていたなんてこと、よくあるのだ。
こういった危機を見事に打破した好例は、ギネス社だ。「古くさいビール」というイメージを打破すべく、多額の宣伝費を投じ、通常6、7℃で飲むところを3,4℃で飲む新商品ギネスコールドを出し、スタイリッシュな瓶も開発するなどして、若者の心を捉え、いまや世界的に押しも押されぬビールブランドに発展した。(詳しく後述する)
リアルエール醸造を中心とする伝統的醸造業者にも、明るい未来がないわけではない。スコティッシュ・クーリッジ社のように若者向けに冷やしたビールや、ヤングス社のようにラガーとリアルエールの妥協のようなビールを開発しているところもある。また、このまま大手醸造業者による地方醸造業者の吸収・合併が進むと、このような合理化により、同じ銘柄を大量生産したり、全国に流通できる可能性が以前よりすっと高くなる。そんな中で、大型の新商品が当たれば、起死回生もあり得ると見られている。
またテスコやセインズベリーなどの大手スーパーマーケットにもエールビールが置かれるようになった。たとえばセインズベリーと提携しているホップバック社は自社ブランドのエールにより業績を上げている。
●ロンドンはおしゃれなパブ、地方はファミリーパブが急増している
ロンドンの町を歩いていると、大手パブチェーン店によるパブが目につく。「オール・バー・ワン」がその代表だが、ここはワインの種類や瓶入りカクテル、料理を充実させ、店内の雰囲気を採光を多くとりおしゃれにしたことで若者や女性客の人気を集めている。
もう一つの特徴は、特に地方都市でファミリー・パブが増えたことだ。ガーデンに子供の遊び場をガーデンに据えたり、子供用のメニューを充実させた「子連れでも子どもが飽きないパブ」のことだ。以前は子どもの店内の出入りは禁じられていた。最近、人々の外食への需要、パブ経営の巻き返しのために、このようなパブが認可されるようになった。大手のビール会社のタイドハウス、チェーン店のパブ会社所有のパブに多く見られる業態だが、どこにも属さない、完全に個人経営のパブ(フリーハウス)でもこの認可を受けているところがある。それだけ、「休日は家族みんなで外食」という文化が根付いてきたということなのだろう。
これらの現象は、かつては「男の隠れ家」だったパブをポピュラーにし、ビールやワイン、そして外食文化を活性化させてはいる。一方で、昔ながらのスタイルのパブがなくなりつつあるのを残念に思うのは、外国人としての高見の見物だろうか。
こういった現象を、イギリス人たちは、どう思っているのだろうか。エールビール愛好の立場であるイアンやブロスター氏は、当然このように語っている。
「ここ30年くらい、イギリス人はおかしい。アメリカや大陸の文化に侵されている」
なるほど、彼らの考えを古臭いオヤジの頑固と見るか、伝統文化を重んじる愛国心と見るか、私には判断がつかないが、いつの時代にも、時代の流れに難色を示す輩が必ず現れる。
さて、10年後はどうなっているか、楽しみでもあり、パブ好き・エール好きの私としては心配なところでもある。
まとめ
最近のビール・パブを取り巻く状況(これらを柱にまとめなおしてもよい)
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