旅人が休んでいく、有名パブのやり手オーナー

ザ・ハーフムーンのガイ

 

 イーストサセックスの片田舎に、歴史もオーナーも面白いパブがあると聞いてかけつけた。歴史もあり、しかもオーナーも変わっている人…僕が出会いたかった、「ミスター・パブリカン」そのものではないか、2階に泊まる約束もしているから、今夜は語り明かすぞ! と意気込んで、車を走らせる。田園風景を横目にやや起伏のあるA道路を走っていると、その築200年以上の建物はあった。B&Bの看板がまず目に付き、フロントガーデンで女性2人組がランチをとっている。

 たとえ土曜日とはいえ、女性だけの客がいるということだけで、このパブの著名度が見て取れる。普通のローカルパブだったらあまりありえない光景だ。

 入り口を入ると、そんなに広くないカウンター。左手にはノースモーキングのラウンジ・バー。右手もラウンジ・バー風の作りの部屋だ。さらに右奥の部屋にはプール台とダーツが置いてある。パブリック・バーを設けずに、誰でもどこにでも落ち付けるように、全体がレストラン風の作りになっている、という、外見によらずモダンなパブである。

 バーカウンターを見ると、Harvey'sというルイスの地エールのポンプが二つもあり、もう一つは、チャールズ・ウェルズ社のイーグルスだった。ただしHarvey'sのポンプは今は使われておらず、代わりにバック・バーに樽が置いてあり、そこから直接サーブする方式になっていた。そう、ダービー州のバーリー・モウでマリーがかたくなに守っている方法を、ここでも取り入れているのだ。こりゃかなりのやり手オーナーだな。しかもがんこオヤジ系に違いない…うひゃひゃひゃ…そう勝手に決め込んでいた僕の前に、オーナーのガイが現れた。

 ガイは、見た目はたぬきオヤジ、いかにも保守的経営者、つまり僕が言うところの「がんこオヤジ」に見えたが、10分も話していると、その印象は見事にぬぐいさられた。

 彼はオーナー5年目で、もともとは西アフリカに住んでいた。父がマットレス工場で働いていたからだ。彼自身は建設業を営んでいたが、業績が悪化し、帰国して新しい事業を始めなければならなった。

「そこで、パブ経営を選んだんだよ。もともとビールが好きだし、一国一城の主でいたかったからね」

 彼はフリーハウスの道を選んだ。

「リスキーだとは思ったけど、誰かに縛られて経営するのはごめんだよ。マーケティングの自信もそんなにはなかったけど」

 彼が幸運だったのは、ここ「ハーフムーン」は、知名度があるパブだったということだ。映画「スノーマン」の舞台となったり、ホームズの生みの親・コナン・ドイル、ミュージシャンのジミー・ペイジ、チャールズ皇太子の恋人のキャミラ、作家レイモンド・ブリッグスなどが訪れていた。ここ、Plumpton村周辺は、多くの芸術家や有名人が別荘や自宅を構えているそうだ。ある作家の小説内ではFull moonと名を変えて舞台となったこともある。このあたり一帯は、有名なハイキングコースで、立地的にハイカーたちが立ち寄りやすいこともあり、その手のガイドブックにも紹介されてきた。

 そういう好条件のもと、メニューの充実とノースモーキングエリアを設ける、といった工夫。クレー射撃やミニサッカーゲーム大会を主宰したり、各種チャリティーに協力したりと地元へのアピール。そんな努力が実を結び、最近経営がやっと安定期に入ったという。

 たぬきオヤジ、なんて失礼なことを思っている場合じゃない。ハンパじゃなく彼はやり手なオーナーなのだ。しかも、今は客はそんなに入ってはいないのに、商談やら仕入れやらでものすごく忙しいらしく、今回はあんまり僕の相手はしてもらえないらしい。「がんこオヤジと語り合う」という夢はまたもやあっけなくついえた。

 ちなみに、店名のハーフムーンの由来が、興味深かった。この建物は1850年ごろからパブとして使用されているらしいが、それ以前は交通の要所ゆえ、通行料を払うところ、日本で言えば関所だった。同時に海から近いということもあり、密輸品の売買の拠点としても使われていたらしい。密輸者がここを訪ねてくるのは、満月だと明るすぎるし、新月だと足元が見えない。Half moonが最も都合がよかった。そんな悪業の名残で、パブとして開業するときにその名がついたらしい。全英にハーフムーンと名のつくパブはけっこう見かけるが、同じ由来のところもあるに違いない。

 さらにたぬき…失礼ガイ氏は自分の一族がいかに誇り高き血統であるかを力説していた。

なんでも先祖は著名な牛飼い兼ライターだったらしい。どんな仕事だ? それって。「今日の羊は、こうだった」なんて、どっかの雑誌に連載でもしてたのか? ま、深く追求するのはやめにして、(イギリス人に、血統のことをしゃべらせると長い)とにかく彼が血統に誇りを持って今の仕事をしていることは伝わってきた。

 ビールが好きとか、パブに思い入れがあるとか、特別そういうことではないそうだ。単に自分に合うビジネスとして、これを選んだとのこと。僕は夢が壊れて、ちょっとがっかりしながら、「でも、バック・バーの樽、あれはガイのこだわりでしょ?」と言ってみた。

「ちがうね。ああいう風に置いておくと、リアル・エールが置いてあるというアピールになるからさ。ハイカーとかの一見の客でもね」うーむ、なるほどね。

 さて、バックガーデンに出ると、確かに、ミニサッカー場がある。ガーデンには、小さな家のような子どもの遊び場も。幅広い年齢層を受け入れようとしているのだな。とフロントガーデンにいた女性客にレンズを向ける。ガイよ、ありがとう。この取材で女性はなかなかとれなかったんだよ。やはり男性より女性の方が、レンズと相性がいい気がする。欲を言えば、歳が10歳若かったら…おっと、失礼。

 ガイに、「ここはファミリー・パブなの?」と聞いてみると、そうではないし、そのライセンスを取る気はないという。どうして? 売り上げ伸びるかも知れないのに? とつっこむと、

「ガキがカウンターに立つ。それだけはダメだよ。大人の場所だからね」

前述した通り、ファミリー・パブのライセンスがないパブでは、14歳未満は保護者の同伴がないとパブ内に入れないし、カウンターにも立てない。

 一見、ビジネス商魂の塊に見えたガイにも、やはり譲れない部分があったのだ。

 このパブで手伝った失敗談は、別の所で触れる事にしよう。

 

The Half moon

Ditchling Road,Plumpton,East Sussex

01273-890253

moon@dudeney.demon.co.uk

Guy Dudeney

 

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