旅行者には、アイリッシュパブのほうがオススメ!?
〜ブリティッシュパブとアイリッシュパブの違い〜
どっちもパブでしょ? 違いなんてあるの? そう思うかもしれないが、両者は実は全く違うのだ。例えて言えば野球とクリケットの違い。一見するとよく似ているのだが、よくよく見てみると、使っている道具も、ルールも、すべてが違う。
だいたいが、前述した通り、起源や発展経過からして全く違うんだから、この二つを同じ文化施設として捉えようとするほうが間違っている。実際に私が目にした経験と、それぞれのパブの識者から聞いたことを統合して、両者の違いを述べていこう。主観的な印象と、客観的な意見を統合したわけだから、独断ではあるかもしれないが、偏見ではない。
まず外見上の違い。
ブリティッシュパブでは、そのパブがオリジナルか、チェーン店によるテーマパークかは別にして、ロンドンでも田舎でも、ヴィクトリアン調の豪華なパブが多く、その他の素朴なパブは少なくなってきた。多くの場合、旅行者から見れば、都会であろうが、地方都市の中心であろうが、どこのパブも「きらびやかなつくり」という風にしか映らないかもしれない。絨毯敷きにおしゃれな照明、貴族趣味の家具、棚に置いてある骨董品や壁にかかっている絵、など、が旅行者にとってのブリティッシュパブのイメージだろう。
一方、アイリッシュパブにおいても、ダブリン市内ではこれと同じと言っていいだろう。
特にテンプルバーあたりの観光客向けのパブでは、ヴィクトリアン調のものがほとんどで、違いと言ったら、ギネスの看板が少々多いとか、国のシンボルの四つ葉のクローバーのマークがあることくらいだ。
ただアイルランドでは、これが地方の、しかも街中ではなく田舎となると違ってくる。後でも述べるような、「パブの原型」とでも言うべき、雑貨屋パブが主流になってくる。(?雑貨屋パブの数の割合はどのくらい?)なんの変哲もない蛍光灯の下で、子どもがアイスクリームを買っている横で、大人がちびりちびりやっている、という光景も見られる。
イギリスでは、「パブの原型」なる宿屋とか食事処、という面が強いパブなどほとんど残っていない。それらは大英帝国時代に、ほとんど画一化され、あるいはB&Bやレストランなど他の施設に特化され、パブはただ単に酒を給するところ、という機能のみを果たすようになったからだ。そういう機能の分業化・細分化という意味では、商業的・経済的にはイギリスの方がアイルランドより成熟していると言えるのだろう。
このように、ブリティッシュパブに比べ、アイリッシュパブのほうが、外見上はいろいろなバリエーションを持っている。
さらに細かい構造上の違いを、ごく大雑把に言うと、ブリティッシュパブのカウンターには吊り戸棚が多いのに対し、アイリッシュパブにはそれが無く、変わりにリキュール類などが置いてあるバックバーが鏡ばりになっていたりして、立派であることが多い。これは、すぐあとに述べるように、バーマンと客の距離の取り加減の違いから来るものと思われる。すわなち、イギリスでは吊り戸棚が障害となり、バーマンと客の目線が遭わないように工夫されていて、バーマンは、必要なときは首をかがめて客と対応する。その昔は、バーマンと客の間に「スノッブ・スクリーン」なる仕切りがあり、客は必要なときだけそこを開けて注文する、というようなこともあったとか。
これに対し、アイルランドでは、いつでも客とバーマンがコミュニケーションが取れるようになっていて、しかもその場のMCであるバーマンの舞台は華やかになっているのである。
イギリスではバーマンは「黒子」だが(ランドロードがMC)、アイルランドでは舞台上の「スター」あるいは「MC」なのだ。
その他、これらもひどく大雑把な分類だが、テーブル席でも木の椅子が多いのはアイリッシュパブだし、ソファが多いのはブリティッシュ、窓にはカーテンがないのがアイリッシュ、豪華なカーテンが必ずかかっているのがブリティッシュ、床も、ブリティッシュパブ(正確にはヴィクトリアンパブ)は必ず分厚い絨毯敷きなのに対し、アイリッシュは素朴な板ばりやタイルばり、はたまた石畳、などというところもある。
このように両者の違いには、ロンドンとダブリンしか行った人にはよく分からないだろうが、それぞれの田舎を渡り歩いた人には、歴然としたものを感じるだろう。
■飲みたい人はイギリスへ、聞きたい人はアイルランドへ
ハードの次は、ソフトに行ってみよう。
まずはビール。リアルエールが( )割の店にあるブリティッシュパブに対し、アイリシュパブにはそれはほとんど無く、ケグ・ビアつまりスムースフローである。スムースフローやギネスなど、アイリッシュパブにあるようなビールはブリテッシュパブには当然あるので、ビールの選択肢の多さは文句なしにイギリスに軍配が上がる。
食べ物については、素材や調理法において、両者は似通っている。アイルランドの海辺の都市では、魚が多く使われているような気もするが、それはイギリスにおいても同じであろう。アイリッシュシチューとか、コルキャノンなどの独自の家庭料理に対する愛着は、アイリッシュの方が大きいように思う。(どう思いますか?)イギリス人が、ローストビーフを大切に思っているとは、私はあまり思わない。
音楽についてだが、アイリッシュパブと切っても切り離せないのが、何と言ってもケルト音楽である。普段は音楽を流さないところでも、週末はライブをしたり、ダンスをしたりする。一方、イギリスでも週末はライブをやるが、特定のジャンルに偏る、という事はない。週末以外に、流している音楽も、流行のポップスあり、ジャズありで、その地域や客層においてさまざまだ。(ジュークボックスはイギリスの方が多いのですか?)音楽が、人々の求心の源になるという要素は、アイリッシュパブのほうが、はるかに強い。
■イギリスのバーマンは冷たい?
さて、最も肝心なソフト、「人」である。
またまた大雑把に言えば、まずバーマンは、アイリッシュの方が人懐っこい。イギリスではパブリカン以外のバーマンは妙にドライだったりすることがある。
客のほうは、都会のパブは別にして、両者ともローカルパブでは、「自分の仲間」を求めてやってくる。ここまでは同じだ。だが、違うのは、自分の仲間以外の人に、どれだけその場で心を開くか、ということだ。初対面で打ち解けて仲良くなる率は、彼らの国民性から言って、アイリッシュの方が高い気がする。イギリス人は閉鎖的で、自分達の仲間以外は、なかなか受け入れない。
最後に、バーマンと客、あるいは客同士のコミュニケーションの仕方。
ブリティッシュパブでは、一人で新聞を読んでいる客は徹底的に放っておかれる。グラスに1センチしかビールが残っていなかったとしても、それを下げにきたり、次のを勧める、などという無粋なことは絶対にしない。まだ皿に料理が残っているのに「お下げしてもよろしいですか?」などとにこやかに聞いてくるどこかの国とは大違いだ。客はあくまで、好きなように飲んで、食べてよいというリスペクトが与えられるのが伝統的なブリテッシュパブの考え方だ。
■アイリッシュパブでは、旅行者を放っておいてはくれない
これに対し、アイリッシュパブでは、そうではない。パブの中は、一つの大きなコミュニティーなのだ。
一つ例を挙げよう。アイリッシュパブに最初の客が入ってくる。アイリッシュパブでは、たとえ一見さんでも、バーマンが声をかける。一杯飲み終わるころには、バーマンは、相手の名前と、職業と、好きなサッカーチームまで知ることになる。そこで次の客が入る。バーマンは、次の客と話すと同時に、最初の客と彼を引き合わせる。3人の会話の渦ができる。次の客が入ってくる。4人の会話の渦が…といった具合に、そのパブが世も更けて人であふれかえるころには、常連同士はもちろん、一見さんも含め、全員がお互いに知り合いになっている、といった具合だ。
後述するように、実際にアイルランドの小村のパブでは、人が一人入ってくるごとに、その場の話題をリードする者が変わり、そこにいる全員に合っている話題が選択されていた。私自身ももちろん、始めから最後まで、放っておかれることなどなかった。
こういう、「親しみのある雰囲気」をケルト語でクラックCraicと言う。彼らアイリッシュは、この言葉を大切にしている。
これは、ケルト人独特の気質と言えよう。彼らは、アメリカ人のようにオープンというのとはちょっと違う。こまやかな「人懐っこい」付き合い方、とでも言えばいいのだろうか。
付け加えると、アイリッシュには、イギリス人のように「階級」という概念がない。相手がどんな人でも受け入れるのは、そういった精神背景があるのだ。逆にイギリス人というのは、階級によってパブの部屋を分けたり、クラブを作ってきた国民である。「仲間」というものに対し、両者の考え方はおのずから違ってくるのは当然だ。
イギリス人の場合は、アイリッシュと少し様子が違ってくる。客同士が紹介しあえばもちろん十年来の知己のように打ち解けるのだが、アイリッシュパブのようにバーマンがいつも仲立ちをするわけではない。特に、明らかにグループで来ているような場合だと、彼らはそのグループ内のコミュニティを尊重する。このあたりは日本人とよく似ている。私自身も、彼らの中に入っていくのは、苦労した。彼らと親しくなるための「パブ道」(後述)は、こうした苦労から生まれたものだ。私くらい打たれ強くないと、彼らに溶け込むのは難しい。
そしてイギリスでは、明らかに一人で飲みたい風の客は、徹底的に放って置かれる。昼間の、すいている時間は、なおさらだ。新聞を広げながら、店の片隅でちびりちびりやっている人にうっかり話しかけようものなら、少なくとも最初の一瞬は眉をひそめられてもおかしくない。変な話、外で新聞を読んでいる人が、脳溢血で急死しても、閉店時間までその死体は放っておかれることになるだろう。さすがに、それはないか?
酒を給する場所において、「人」は最も重要な要素である。この「人」が決定的に違うので、両国のパブは、外見上だけでなく、中身も全く違うことがお分かりいただけただろう。
はたして、観光客にとってどちらが居心地がいいのだろうか…ブリティッシュパブに入ると、人々に溶け込みづらいが、自分のペースで飲める。アイリッシュパブだと、バーマンや他の客から「もういいよ」と思うくらい質問攻めに遭い、落ちついて飲めたものではない。どちらがいいのかその時の場合にもよるだろうが、旅行期間が短いならば、後者の方が旅行の第一目的=「その国の本当の姿を知る」のに役立つのは言うまでもない。
「ギネスビール」の項で詳しく述べるように、今やアイリッシュパブは世界中にある。面白いのは、どの国においても、アイリッシュパブ内では犯罪が少ないのだそうだ。これには、理由が二つあり、一つは彼らの国民性そのものが穏やかなこと、(怒りっぽいが覚めやすい)もう一つは、アイリッシュは、その国の保守層になることが多く、警官も多いし、クリントン元アメリカ大統領のように政治家として成功を収めている人も多い。世界のどこかのアイリッシュパブに足を運べば、その国の国民性との違いも分かり、面白いだろう。
もちろん、ロンドンにも、無数のアイリッシュパブがある。対英感情がいまだに微妙な中でも、隣国で働くことを余儀なくされているアイリッシュたちが集う場である。イギリス人が入っていこうものなら、白い目で見られる。イギリスにあるアイリッシュパブに堂々と入っていけるのは(それでも敷居は高く感じるが)、外国人の特権かもしれない。
私はある日ロンドンのアイリッシュパブにおそるおそる入ってみた。内装はブリテッシュパブとよく似てるが、やはりギネスのポスターや、四つ葉のクローバーがちりばめられているし、なにより、「同胞たちの集いの場」という雰囲気が色濃くあった。
命知らずな私は、カウンターで知り合った男にあえて聞いてみた。アイルランドの田舎在住で、現在ロンドンで短期で働きにきている男だ。
「ブリティッシュ・パブとアイリシュパブはどう違うと思う?」
昼間だというのにすでに相当酔っている彼は、唐突な僕の質問に面食らったようだが、すぐに「それはクラックさ」と答えた。そのあと「イギリスのパブなんてくそくらえだ」と言って、それ以上は、その話題には触れようとしなかった。私はまだまだ生々しい対英感情を目の当たりにし、なんとなく気まずくなって、その場を離れたのだった。
イギリスにあるアイリッシュパブは、ヨーロッパなどの他国にあるものに比べ、その役割や性格が違うように思う。「同朋たちの集いの場」として、本来のパブ以上の意味がそこにはあるようだ。
以上、述べてきたが、結論を言うと、旅行で行くならアイリッシュパブがいいが、長期滞在中に行くなら、ブリティッシュパブがいい。たまには一人になれる隠れ家が欲しいからだ。それにしても、アイルランドには、「男の隠れ家バー」なるものなんて、ないのだろうか。一人でちびちびやるところが無くて、アイルランドのお父さんたちは平気なのだろうか、と要らぬ心配をしてしまったりもする。
<まとめ>
ブリテッシュパブとアイリッシュパブの違い
■外見上
|
様式 |
カウンター |
床 |
窓 |
椅子 |
ブリティッシュパブ |
ヴィクトリアン調が多い |
吊り戸棚あり |
ほとんどが絨毯敷き |
カーテンあり |
ソファ |
アイリッシュパブ |
ヴィクトリアン、ショッパウパブ、などさまざま |
つり戸棚なし。 バックバーがきらびやか |
絨毯のほか、フリーリング、石、タイルなど |
カーテンなし |
木の椅子 |
■飲み物・食べ物
|
ビール |
ウィスキー |
カクテルなど |
伝統料理 |
その他の料理 |
ブリティッシュパブ |
リアルエールの他、ギネス、スムースフロー、ラガー |
? |
? |
フィッシュアンドチップス ローストビーフなど |
外国料理が多い |
アイリッシュパブ |
リアルエールがない 他はイギリスに同じ |
? |
? |
フィッシュアンドチップス、 アイリッシュシチューなど |
? |
■人びと
|
パブリカン |
バーマン |
パブリカン(バーマン)とのコミュニケーション |
客 |
|
ブリティッシュパブ |
たいていフレンドリー、チェーン店のマネージャーの場合など、例外あり |
もちろん人懐っこいやつもいるが、「け、あと2時間もあるよ」的なビジネスライクバーマンも存在する |
客を尊重。必要時以外は話かけない |
「自分の仲間」を求めてやってくる。初対面の人とは一線を引く |
|
アイリッシュパブ |
ほとんどがフリーハウスなので当然フレンドリー |
ビジネスライクバーマンもいるにはいるだろうが、少ない ? |
客を放っておくことはない ? |
「自分の仲間」も求めているが、そのパブにいる人間は誰でも受け入れる |
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