正しい「パブ道」とは
〜「よい」パブで、「うまい」エールを注文し、「おいしく」味わう方法〜
最初に断わっておくが、ここで示すのは、一般的な「パブでのオーダー法」ではない。それは類書にゆだねるとして、あくまでも「よい」パブで、「うまい」エールを飲み、「おいしく」それを味わうための方法を記す。この章は、あくまでもイギリスの正統的・伝統的なパブで、そこでしか飲めないリアル・エールを、その場になじみながら飲みたい人に向けてのマニアックなガイドである。そんな飲み方を「パブ道」と勝手に名づけることにする。
私の独断と偏見で、最初にそれぞれをはっきり定義しておく。
1 よいパブ
本物のリアルエールが置いてあるトラディショナルスタイルのパブ。創業は、
2,300年前からと古く、地域の人からもずっと親しまれている。ランドロードの人柄もいい。かといって閉鎖的ではなく、旅行者を受け入れるだけのあたたかい雰囲気がある。2 うまいエール
カスクコンディションのもとにサーブされるのはもちろん、状態もいい。セラーマン(最近は、ランドロードが兼任している場合が多い)のセンスが光るようなエールビール。その季節に合ったアルコール度数であることも大切。古かったり、グラスやパイプが清潔でないところは論外。
3 おいしく味わう
のどが乾いている、おなかがそんなに一杯ではない、という自分の条件もそうだが、「オススメのビールは?」「うまいね、このビール!」「よく、ここに来るんですか?」など、他の客と交流しながら飲むと、味もまた格別だ。
1 よいパブのかぎ分け方
●とにかくロンドンを脱出する
何はともあれ、ロンドン以外に行くことを勧める。
現在、ロンドン、特にインナーロンドンでは、ごく一部の古いパブがあるほかは、チェーン店や観光客向けの、「かつてのパブのテーマパーク」のようなパブしかない。高いテナント料のおかげで、よいパブがどんどんつぶれ、変わりに、資本力のあるチェーン店が台頭するという現象が、ここ数年の間に特に加速している。市内では、確かに犬も歩けばパブに当たるが、いわゆる「カントリーパブ」なるものは存在しないし、よほど郊外に行かないと、地元土着型のパブにもお目にかかりにくい。どこのビール会社にも属さない、がんこおやじの「フリーハウス」なるものも、ほとんどない。看板にそういう表示があるのをたまに見かけるが、それはかつてそこがフリーハウスだったことを示しているに過ぎない。というわけで、特にインナーロンドンでは、いわゆる「よいパブ」に当たれる可能性はぐっと減る。
観光もかねて、えい、とロンドンを飛びだしてしまった方が、結局は当たり外れが少ないのだ。
その証拠に
CAMRAが認定する、古いパブのなかでも、特に調度などがオリジナルかそれに近いもので、ビールへのこだわりもある「National Inventory」(国の重要文化財?)では、約200のパブがピックアップされているが、そのうち、「グレーターロンドン」に属するものは、たった23しかない。その人口に比べたら、なんと少ないことか。地方都市ならどこでもいい。観光ついでに、オックスフォードやケンブリッジなど、
1時間ほどで手軽に行ける街がごろごろある。ナショナルインベントリーによると、「グレーターマンチェスター」には23店とずば抜けて多いので、マンチェスターに足を向けるのもいいかもしれない。
●インフォメーションで訪ねるのが手っ取り早い
地方都市に着いたら、本当は、
CAMRA「グットビアガイド」のナショナル・インベントリーリストに従っていけばいいのだが、この本は、読み慣れないと、なかなか使いづらいし、編集上もよくできてるとは言いがたい。初心者向けの方法は、インフォメーションで尋ねることである。「このあたりで何
100年も続いているような、古いパブがありますか?」Is there any pub which has been handled for long time like hundreds years?
もしあると答えられたら、次に確かめるべきは、
「そこではリアルエールが飲めますか?」
Can I drink some real ales there?
「観光客も受け入れるような雰囲気でしょうかね?」
Is there good atmosphere which they accept us like a traveler?
それらの答えがすべて
Yesだったら、行き方を訪ねる。運良くタウンセンターの中の場合もあれば、バスに乗っていかなくてはならない場合もあろう。金銭的に余裕があるならば、タクシーを使えば、運ちゃんから、そのパブについての情報をさらに得られる。何しろ、インフォで教えられるくらいのパブは、街中の誰に訪ねても、みな知っているような、地元では知られたパブだからだ。お目当てのパブに着く。いきなり中に入るなどという無粋なことをしてはいけない。
まずその辺を歩き回って、パブの入り口付近と全容をチェックする。パブの周りには花が飾ってあったり、テーブルが置いてあったりするだろうが、見るべきところは、ランドロードの住居と一緒になっているかどうか。あなたが田舎まで出てきたとしたら、パブ自体が
1軒屋で、その1階部分が店になっている場合もある。ランドロードがそこに住んでいるパブは、たいてい「よいパブ」である場合が多い。そういうパブにはたいていガーデンもあるから、そこも散策してみる。もし、外で飲んでいる人がいたら、もちろん「ハ―イ、ごきげんいかが?」とにこやかに挨拶する。さて、入り口付近。どんな札がかかっているか。
CAMRA認定の場合は、その札があるだろうし、「CASK MARQUE」があれば、そこは間違いなく、ビールもおいしいということになる。↑ 質の高いエールビールを保証する認定証、「CASK MARQUE」
どうしても、日程がとれなくてロンドンから離れられない、という場合はどうすればよいか。とりあえず、よく各ガイドブックで紹介されている有名パブのうち、たとえばハムステッドの「ホーリー・ブッシュ」など「古い」パブを目指すのもよい。文化遺産を守る、という誇りから、そこではむやみに新しく改装などされないし、ビールも、リアルエールが置いてある。店内は、観光客でごった返しているかもしれないが、そこにだけは目をつぶらなくてはならない。
↑ハムステッド駅から歩いて5分ほどの「HOLY BUSH」
2 うまいエールビールを選ぶには
●その場の雰囲気にまず慣れる
さて、ロンドン内外を問わず、あなたが訪ねた古いパブなら、入口が昔の名残で、二つに分かれているだろう。かつての労働者の入口「
Public Bar」と中産階級のための「Lounge/Saloon/Diving bar」である。おそらく入りやすいのは、みなが立ってわいわい飲んでいるパブリックバーの方だ。
↑赤いドアの上部分に、Public Barの表示。ドアは簡素で、室内は板張り |
↑左と同じパブのラウンジバーのドア。ドアも立派で、室内は絨毯じき |
ここからは、夜
7時、これから客が増えてくる時間帯に、割合、早い時間帯の客として入っていく場合を想定する。そもそも、ビールをじっくり味わうのには、ふさわしい混み具合というものがある。週末の混んでいるときは、バーマン達の注ぎ方も雑になるかもしれないし、人数に応じて、話し声のノイズは上がっていくわけだから、落ちつかない。大勢でワイワイ騒ぎたいときは別にして、ビールそのものを味わいに行くのだったら、平日か、週末だったら、早い時間帯がよい。今、パブリックバーの中では、早く来た
5,6人の地元客が静かに飲み始めたばかりだとする。ドアを開けた後、第1のポイントが訪れる。――ポイント
1:にこやかに「ハーイ」と言いながら、なるべく全員を見渡し、堂々と入っていく――ここで、おずおずと下を向いて入ろうものなら、自分自身が気後れし、その後の流れにうまく乗っていけない。特に地元土着型の店では、必ず、中にいる人間は、誰が入ってきたのかを見る。別にみなガンを飛ばしているわけではない。ただ単に、次はどんな人が自分たちのコミュニティに入ってきたんだろう、という単純な興味からなのだ。入ってきた本人がうつむいていたのでは、「私は、あなた方に混じってビールを飲みたいんじゃありません。ただ喉を潤すために来たんです」と言っているようなものだ。これではパブ道に反する。
第
1段階をクリアしたら、人が群がっているカウンターにいきなり寄っていくのではなく、店内をひととおり、見まわすふりをして、自分をその場にならすのも手だ。少しばかり上がっているあなたは、どんなに古い調度があっても、「お、これいいな」などと思っている余裕はないかもしれない。だが、みなで和気あいあいと飲んでいる中に、いきなり割り込んでいって、注文をするのも勇気が要るものだ。あなたが、室内をうろうろしている間、カウンター付近の連中は、あなたを気にしないふりをして、実は気にしている。しびれを切らして、「おーい、こっちに来て、オーダーしなよ」などと声をかけてくれることはめったにない。そうなってくれれば、一番やりやすいのだが。
●一番弱いエールビールをハーフパイントで頼むのが無難
さて、満を持して、おもむろにカウンター付近に行く。カウンターには、エールビールをサーブする長い木製のハンドポンプ(通常
3,4種であることが多いが、店によっては10種くらい並んでいることもある)と、それ以外のケグ・ビアをサーブする短い金属製のハンドポンブがある。あなたが目指すのは、もちろん長い方だ。――ポイント2:長い木製のハンドポンプのビールが、カスク・コンディションのもとにサーブされるエールビールである――
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↑リアルエールのハンドポンプ。木製で、高さは30センチ以上あることがほとんど。引くのにはかなりの力がいる |
↑同じパブのケグ・ビアのポンプ。高さは、20センチくらい。このパブの場合、左からハイネケン、ステラアルトワ、ストロングボウ、マーフィーズ、ボディントンズ、そしてギネス。左奥に見えるのは、カスクから直接注ぐ方式(通称バックバー)のビール。左のハンドポンプ式よりも、おいしい状態で飲める、究極の方式である |
カウンター内に、ランドロードと思しき人がいれば、いなければ、長いハンドポンプを指しながら、その団体の中で一番年上の人に、こう尋ねる。
「このなかで、一番オススメのエールビールはなんですか?」
Which is the best ale beer in this pub?
その日に飲めるビールについては、店内の黒板に、名前と、アルコール度数と、値段が書き出してある。それを見て、自分で決めてもよいのだが、せっかくだから、地元の人に聞いてみよう。ランドロードだったら、その日にコンディションのよいビールが分かっているはずだ。
ここで何か一つのハンドポンプを示してくれればよいのだが、「この中なら、何でもうまいぜ」と言われる場合もある。
そんなときは、「一番軽いものをハーフパイントで」というのが無難だ。
The lightest one,half pint please.
アルコール度数が低いエールビールは、ホップなどの利かせ具合も控えめであることが多い。エールビールを飲みなれない日本人には、無難な選択だし、ハーフパイントにしておけば、すぐ次のに取りかかれる。頼めばテイスティングなどさせてくれるが、一見の客がそれを頼むのは気が引けるし、ビールというものは、少量すすっただけでは本当の味は分からないと私は思う(ビアテイスター失格と言われるかもしれないが)。
――ポイント
3:迷ったときは、一番軽いものをハーフパイントで頼む――運悪く、がやがやと込んでいる店に入ってしまって、周りもうるさいし、バーマンも忙しそうなときに、この鉄則が役立つ。黒板とにらめっこして、選べばよいのだ。
●ホモでなくても、バーマンには、熱い視線を送れ
混んでいるときと言えば、特に週末のロンドン市内の場合、すぐ次のビールを頼む必要がある輩のおかげで、カウンター付近が人だかりになっている場合がある。カウンターの
1メートルくらい後方にいて、なかなか前に出られないときは、Excuse meを繰り返し、前に出ていかないと、一生、ビールにはありつけない。声に出せば、そこは紳士の国、どんなに寄っていても、数センチずつ体をずらしてくれる。そこの隙間に、カニ歩きで入り込んでいくわけだ。ようやくカウンターにへばりつき、
5ポンド札をヒラヒラさせたとしても、数人のバーマン達は、自分以外の客の注文ばかり聞いて、まったく自分の存在を無視しているような錯覚に陥ることがある。一応、プロのバーマンは、カウンターにへばりついた人の順番を頭に入れて、先の人から順にオーダーを取ると言われている。経験上、その通りのときもあれば、東洋人蔑視のために、ずうっと放っておかれたときもある。そんなときは、ひたすらバーマンに熱い視線を送る。砂漠で遭難してカンカン照りの中を歩きとおし、ようやく
1軒のパブに入れたときのような、ぎらぎらした視線だ。相手も人、そんな熱い視線を送れば、気づかぬはずがない。他の客のビールを注ぎながら、ウィンクして来たり、うなづいたり、人差し指を立てたりして合図を送ってくれば、次はいよいよあなたの番だ。
――ポイント
4:混んでいるときは、バーマンに熱い視線を送る――
3 「おいしく」ビールを味わうには
さっきまでの「夜
7時過ぎ、常連4,5人」のシチュエーションに戻ろう。ビールに喉をならしながら、できれば、その場になじみたい。それがビールを何倍もおいしくする秘訣だ。コツは、ランドロード、あるいはその場で一番年上の人と言葉を多く交わすこと。
相手がランドロードなら、ひたすら、ビールやパブをほめる。ここで、さっき外を見まわしたり、店内を見まわしたのが役立つ。
「ガーデンの花、きれいですね」「あそこの壁の絵は、誰が書いたんですか?」ランドロードなら、パブの内外のことはすべてタッチしているから、どこを誉めても好印象に違いない。
ビールに詳しければ、ビールそのものについて聞いてもいい。他のエールビールに比べて、どこが違うのか、など。ビールにこだわりのあるランドロードなら、喜んで答えてくれるだろう。手が空いていれば、セラーを見学させてくれるかもしれない。
相手が、常連の客なら、地元のことを聞く。観光ポイントを聞いたり、歴史や特産物を聞いたり。年長者だったらよく知っているので、話が合うだろう。
その場でのリーダーと打ち解ければ、あとは、ひどくスムーズだ。後から入ってきた客にも紹介してくれたり、あなたともっと話が合いそうな人を、店内から見つけ出し、つないでくれるだろう。
――ポイント5:パブの主人か、その場の年長者を味方につける――
残念ながら、リーダーとの話があまり弾まないようであれば、その場に溶け込むのは難しいと判断し、一杯飲んだら、さっさと店を変えるべきだ。新参者を受け入れる土壌のない店には、長居するだけ無駄というものである。
私は、こういった方法で、パブを見つけ出し、
9割以上の確立で、「その場になじんで」帰ってきたが、中にはそれができない店もあった。仲間どおしのつながりが強い場合、人が多すぎる場合、ランドロードが不在だった場合、などである。失敗に対する自衛策は、残念ながら、ない。そういう細かい雰囲気は、入口から中を覗いただけでは分からない。とにかく中に入って一杯飲んでみるしかないのだ。パブ道にも、失敗や無駄がつきものだと、腹をくくるべし。
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