エッセイ
本物のエールビールを、エール好きの人たちと味わう
〜ノッティンガムの地ビール工場・キンバリーエール工場訪問記〜
( )章で訪ねた、ノッティンガム郊外のKimberleyのビール工場を訪ねた。
前述した通り、この工場のことは、その向かい側のパブ「ネルソン・アンド・レイルウェイ」とともに、ノッティンガム在住のリチャードに教えてもらって知った。
事前に「ネルソン〜」のランドロード、ハリーに、「見学には事前予約が必要だよ」と言われ、彼自身も工場の受付に電話をしてくれたが、つながらなかった。とにかく、自分でまず行ってみることにし、パブから歩いてたった3分の、工場の入り口を訪ねる。
暇そうにしていた受付のおばちゃんに、「工場を見学させてくれないかな。自分は日本から来て、エールビールに興味があって、いまハリーのとこに滞在しているんだけど」と聞いてみる。ややうさんくさそうに私を見やったおばちゃんは、内線電話で確認を取ったあと、「あなたはラッキーだわ。CAMRAのツアーが、ちょうど明日の夕方あるのよ。一緒に回るといいわ」
聞くと、きちんと事前に予約をし、それ相応の人数が集まらないと、見学ツアーをやってくれないそうだ。運よくほかのツアーがあり、しかもそれがほかならぬCAMRAのツアーだったとは! CAMRAの会員たちと、初めて直に話せるではないか! やはりパブの神様が確実に私に味方している。
翌日、ノッティンガム市内に出た後、夕方工場に戻ってきた。慣れない道だったし、市内で今までの写真現像をした待ち時間もあったから、集合の時間の4時を少し過ぎていた。「やばい、もうツアー出ちゃったかな」車を駐車場に入れ、ぼうっと待っていた。
10分くらいして、コーチ(長距離用のバス)がおもむろに駐車場に入ってきて、出てきた出てきた。50代以上の人中心の、30人くらいのおじさん、おばさん。一目見て、CAMRAの人たちだ、と分かった。
彼らには、自分のことがひどく奇異に映っただろう。何しろ、工場の入り口付近で、一人ぽつんとしていて、自分たちが到着すると、にこやかに寄ってきて、「今日のツアー、ご一緒させてもらってもいいですか?」なんて言う東洋人。
かつての駐在中に、イギリス人にさんざん冷たくあしらわれている自分としては、さっきまでは、またもや無視を決めこまれるのはないか、という不安があったのだが、最初に彼らにあいさつしたその瞬間に、今日は大丈夫、という予感が走った。
一つには、最初に今日のツアーガイド、マイクをめざとく見つけ、始めに彼に声をかけ、彼がみなに「今日の日本からの特別ゲストだ」と紹介してくれたことが大きい。よく言われる通り、彼らイギリス人はしかるべき人からきちんと紹介された人のみ、認識するという習性がある。
話がそれたが、ともかくも、その集団に混じったあと、ツアーが開始された。
始めに、入り口のその場所で、工場の概要(1日にどのくらいの量が生産されるのかなど)の説明があり、その後中に入り、醸造過程の順どおり、実際の容器やボードを使ってのマイクの説明が続く。
説明によると、始めはここはHardysと Hansonsという2つの競合する工場だったが、いまから70年前に合併されて、名称もHardys&Hansonsとなった。(しかし地元ではそこの地名であるKimberley Aleの名で通っている)
3つのエールビールをメインに醸造していている。明るい琥珀色で、飲みやすい「キンバリー・ベスト・マイルド」(ABV3・1%)、ホップがよくきいていてややくせが強く、見た目も茶色の「キンバリー・クラシック」(ABV4・8%)、それらの中間タイプのような琥珀色の「キンバリー・ベスト・ビター」(ABV3・9%)だ。「ネルソン〜」でさんざん飲み比べたが、自分としては、最後の中間タイプが最も飲みやすく、地元の人でもそれを勧める人が多かった。
これら3つは、それぞれ、モルトやホップ、水などの原料が違い、ホップを入れるタイミングなどの醸造過程も異なるという。
そんな説明を私は懸命に聞こうとしたが、悲しいかな、半分くらいしか理解できない。ほかの人は、思ったよりも興味がなさそうに聞き流している。みんな、最後の試飲のために来たようなものなのだろうか。マイクが説明の区切りに「何か質問は?」と言っても、誰も何も言わない。ものおじしない私は、「すみません、私の聞き逃しかも知れませんが…」と、アホ丸出しの質問をいくつかすると、マイクもみなも、「こいつはマジだ」というような好奇の視線を私に送った。そのときから、ほかの人も質問をしだしたので、私は内心ほっとした。
私が質問をしたことで、私に興味を持ったのだろう、そのときから、説明と説明の区切りに場所を移動するときに、みながいっせいに私に話しかけてくるようになった。聞くと、みなダービー近辺に住んでいる人のようで、前日そこに行ったばかりの私と話が合ったし、日本に行ったことのある人たちも何人かいて、ビール工場見学と言うよりは、一転して文化交流の場になってきた。
「テリー、ほら、ここからなら写真撮りやすいわよ」
「今の説明、よく分かったかい?」
見学中も、みな私に気を使ってくれるようになった。
さて、醸造工程を見学し終え、最後のケグ詰めのオートメーションまで見終わると、いよいよ「できたてのエール試飲」となった。
10畳くらいのこじんまりした部屋の一角にカウンターとハンドポンプが据えられていた。みなそこに群がって、我先にカウンター内のマイクにグラスを差し出す。一人がカウンターに入り、うれしそうに注ぐのを手伝う。
私は、やはり「ベスト・ビター」を頼み、グラスに口をつける。
「うまい!」
「ネルソン〜」で飲んだものよりも数段おいしいのだ。水のおいしさ、ホップの香り、自然にできたクリーミーな泡、どれをとっても、いままで自分が飲んできたどのエールビールよりもフレッシュだと感じた。
思うに、いくら輸送するパブまで近いといっても、一度発酵を止めて、そこのパブのセラーで再び酵母などを混ぜ発酵を再開させるのと、ここで発酵されたものをそのまま飲むのとの違いだと思う。余計な老廃物などが一切ないのだろう。
みなも同じことを感じたらしく、「うまい!」の声があちこちから上がり、話も弾む。
私は、おばちゃんたちと「バス博物館に行きたいんだけど、日程が取れそうになくて…」と言うと、「ぜひ行きなさい。あとダービーに来たら、ここのパブは絶対行ってみて」といった話をしたり、とある70がらみのおじさんは、「かつて戦争のときに日本に行ったときに、こんな城を見たよ」と城の絵を書き出したり、別の日本愛好家のおじさんなどは、なんと芸者の刺青を肩にしていて、それを見せてもらい、写真を撮らせてもらったりして、ワイワイとやっていた。
私はふと思いついて、マイクのそばに行き、なんとなく分かってはいたが、いまだに気になっていた質問をぶつけてみる。
「CASKとKEGのちがいは?」マイクは、最初は、口で説明を試みたが、やがて、思いついたように、「ついてきな」と階下の工場まで下りていった。
その部屋は、発酵を終えたビールの酵母の残骸や、最近などをろ過し、殺菌する過程の所で、マイクはその機械を一つ一つ示しながら、「こういうふうに、長持ちするように、余計なものをとりのぞいたあとのビールをケグ・ビアというんだ」と説明してくれた。
そのこと自体は、なんとなくは分かっていたことなので、別段感動もなかったが、マイクがわざわざ楽しげにみんなと飲んでいるところを抜けて、私に説明をしようとしてくれたことがむしょうに嬉しかった。
マイクとともに、部屋に戻り、すでに3杯めを手にしていた自分は、椅子の上に上がり、みなに向かって、叫んだ。
「今日は、ご一緒させてくれて、どうもありがとう。イギリスに来てよかった。ノッティンガムに来てよかった。こんなおいしいビールが皆さんと飲めたのだから。乾杯!」
Cheers! の声とともに、みなもグラスを高高と上げた。
本物のエールを、本当にエール好きの人と分かちあえた、涙が出るほど貴重な瞬間だった。
追
その後、1週間後のロンドンのグレートブリティッシュ・ビア・フェスティバルで、そのときにいたCAMRAメンバーの一人と出くわした。あれだけの人数でごった返していたので、もし向こうが話し掛けてくれなければ私は分からなかっただろうが。
エール好きの人たちの世界は狭いものだ。
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