The Halfmoon(East Sussex,UK)
「旅人が立ち寄りたい有名パブ」のような本で頻繁に紹介されている、歴史のあるパブ。コナン・ドイルをはじめとする、有名人も訪れたとか。積極的なオーナーの商才も光ります。

 
■A道路沿いの、有名パブ■

 歴史もあり、オーナーも個性的・・・そんなパブを探しつづけている僕にとって、ここはまさにすべてを備えたパブだ。

 場所はイーストサセックスの片田舎。そのパブのうわさを聞きつけた僕は、事前に、ここに一泊することも含めてアポを取り、ロンドンからのA道路をひた走った。くまのプーさんの森、Hatfieldにも近い、ロンドンから南東に向かったところである。


 やがてその築200年以上の建物が見えてきた。B&Bの看板がまず目に付き、フロントガーデンで女性2人組がランチをとっている。
 たとえ土曜日とはいえ、女性だけの客がいるということだけで、このパブの著名度が見て取れる。普通のローカルパブだったらあまりありえない光景だ。
 入り口を入ると、そんなに広くないカウンター。左手にはノースモーキングのラウンジ・バー。右手もラウンジ・バー風の作りの部屋だ。さらに右奥の部屋にはプール台とダーツが置いてある。かつてのパブリック・バーを取り払い、店全体をラウンジバー風にしてある。この構造だけで、オーナーの柔軟な商才を感じるではないか。
 バーカウンターを見ると、Harvey'sというルイスの地エールのポンプが二つもあり、もう一つは、チャールズ・ウェルズ社のイーグルスEagle'sだった。ただしHarvey'sのポンプは今は使われておらず、代わりにバック・バーに樽が置いてあり、そこから直接サーブする方式になっていた。そう、ダービー州のバーリー・モウでマリーがかたくなに守っている方法を、ここでも取り入れているのだ。
「やあ,待っていたよ」

 オーナー兼経営者・ガイは、第一印象はたぬきオヤジ、いかにも保守的経営者、つまり僕が言うところの「パブのがんこオヤジ」に見えたが
10分も話していると、その印象は見事にぬぐいさられた。
今は少ないフリーハウス■

 彼はオーナー
5年目で、もともとは西アフリカに住んでいた。父がマットレス工場で働いていたからだ。彼自身は建設業を営んでいたが、業績が悪化し、帰国して新しい事業を始めなければならなった。
「そこで、パブ経営を選んだんだよ。もともとビールが好きだし、一国一城の主でいたかったからね」
 彼はフリーハウスの道を選んだ。
「リスキーだとは思ったけど、誰かに縛られて経営するのはごめんだよ。マーケティングの自信もそんなにはなかったけど」
 彼が幸運だったのは、彼が買い取ったここ「ハーフムーン」は、もともと知名度があるパブだったということだ。映画「スノーマン」の舞台となったり、シャーロックホームズの生みの親・コナン・ドイル、ミュージシャンのジミー・ペイジ、チャールズ皇太子の恋人のキャミラ、レイモンド・ブリッグスなどが訪れていた。もともとここPlumpton周辺は、日本でいう鎌倉とか軽井沢のように多くの芸術家や有名人が別荘や自宅を構えているそうだ。ヴァージニア・ウルフもこの周辺に住んだことがある。ある作家の小説内ではFull moonと名を変えて舞台となったこともある。

 またこのあたり一帯は、有名なハイキングコースで、立地的にハイカーたちが立ち寄りやすいこともあり、その手のガイドブックにも紹介されてきた。
 そういう好条件のもと、メニューの充実とノースモーキングエリアを設ける、といった工夫。クレー射撃やミニサッカーゲーム大会を主宰したり、各種チャリティーに協力したりと地元へのアピール。そんな努力が実を結び、最近経営がやっと安定期に入ったという。
 たぬきオヤジ、なんて失礼なことを思っている場合じゃない。ハンパじゃなく彼はやり手なオーナーなのだ。しかも、商談やら仕入れやらでものすごく忙しいらしく、残念ながらあまり僕とじっくり話している時間はなさそうだった。
■商魂オーナーの意外なこだわり■

 ちなみに、店名のハーフムーンの由来が、興味深かった。この建物は
1850年ごろからパブとして使用されているらしいが、それ以前は交通の要所ゆえ、通行料を払うところ、日本で言えば関所だった。同時に海から近いということもあり、密輸品の売買の拠点としても使われていたらしい。密輸者がここを訪ねてくるのは、満月だと明るすぎるし、新月だと足元が見えない。Half moonが最も都合がよかった。そんな悪業の名残で、パブとして開業するときにその名がついたらしい。全英にハーフムーンと名のつくパブはけっこう見かけるが、同じ由来のところもあるに違いない。
 さらにたぬき…失礼ガイ氏は自分の一族がいかに誇り高き血統であるかを力説していた。
 なんでも先祖は著名な牛飼い兼ライターだったらしい。どんな仕事だ? それって。「今日の羊は、こうだった」なんて、どっかの雑誌に連載でもしてたのか? ま、深く追求するのはやめにして、(イギリス人に、血統のことをしゃべらせると長い)とにかく彼が血統に誇りを持って今の仕事をしていることは伝わってきた。
 彼はビールが好きとか、パブに思い入れがあるとか、特別そういうことではないそうだ。単に自分に合うビジネスとして、これを選んだとのこと。

 じゃあ、カウンターの後ろのバックバーは? あれはガイのビールへのこだわりでしょ? と聞くと、
「ちがうね。ああいう風に置いておくと、リアル・エールが置いてあるというアピールになるからさ。ハイカーとかの一見の客でもね」

 うーむ、なるほどね。計算ずくというわけか。
 さて、バックガーデンに出ると、確かに、ミニサッカー場がある。ガーデンには、小さな家のような子どもの遊び場も。幅広い年齢層を受け入れようとしているのだな。とフロントガーデンにいた女性客にレンズを向ける。ガイよ、ありがとう。この旅行で女性はなかなか撮れなかったんだよ。やはり男性より女性の方が、レンズと相性がいい気がする。欲を言えば、歳が10歳若かったら…おっと、失礼。
 ガイに、「ここはファミリー・パブなの?」と聞いてみると、そうではないし、そのライセンスを取る気はないという。どうして? 売り上げ伸びるかも知れないのに? とつっこむと、
「ガキがカウンターに立つ。それだけはダメだよ。大人の場所だからね」
 前述した通り、ファミリー・パブのライセンスがないパブでは、14歳未満は保護者の同伴がないとパブ内に入れないし、カウンターにも立てない。
 一見、ビジネス商魂の塊に見えたガイにも、やはり譲れない部分があったのだ。
 このパブには、運良く手伝わせてもらった。そのときのドタバタはエッセイ・バーマン初体験で触れてある。
 The Half moon
Ditchling Road,Plumpton,East Sussex
01273-890253
moon@dudeney.demon.co.uk
Owner/Guy Dudeney
ロンドンからA道路を走らせると、左手に見えてくる
看板はその名の通り、月がモチーフ。
同じ店名の店があまりに多いので、
下にはPlumptonという地名がある
作者もここに一泊した。
こんな気のきいたパブに、
気ままなドライブのときに
ぶらっと泊まってみたい
入口付近は花がふんだんに飾られている
入口の右手のフロントガーデン
のさらに奥が、バックガーデンに抜ける道だ

フロント・ガーデンで。女性だけで
食事をしているのは、最近では
珍しくなくなった
パックガーデン。仲のよさそうな
中年夫婦が親密にグラスを合わせていた
入口に入ってすぐのカウンター。
典型的なヴィクトリアンの装飾だ
バックバーの樽。中にリアルエール
が入っており、注文を受けたらここ
から直接注ぐ。最もエールビールが
おいしく飲める究極の方法だ。上か
ら保冷用のカバーがかけられている
カウンターはL字型。客もバーマンも、
この形が落ちつくのはなぜだろう?
カウンターの下にはひざ用の
クッションと足をかけるバーが
。こうなっていれば、長時間
立っていてもつらくない
「私はいつもワインね。座るのは
いつもここよ」と常連客
コナン・ドイルの名が刻まれたプレートが、
暖炉のそばにあった
誰が描いたか聞きそびれたが、
このパブに来たことのある有名
人達や常連達を同じカンバスに集
めたものだそうだ。オーナーの、
客を大事にする気持ちが伝わってくる
1枚だ
客への10の注意書きがあった。
古英語なので、昔からあったも
のなのか。「パブのものをとって
はいけない」「毎日来なくちゃダ
メ」など、かなり強気なものばか
りだった・・・ジョークだろうか?
2階はB&B。3部屋あるが,
1部屋は従業員夫婦が寝泊りしている
Eaglesのポンプをにぎりしめるガイ。
「最近やっと軌道に乗ってきたよ」
 Special Thank to Ms Akemi Solloway

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