パブの構造
階級制度の名残で、いくつかの部屋に分かれていたり、
地下に貯蔵庫cellerがあります。
写真とともに解説していきましょう。
■入り口が二つある理由■
ロンドンの古いパブ、あるいはカントリー・パブに行くと、たいてい入り口が二つ以上あることに気づくだろう。
男湯、女湯、ではない。(第一、パブはもともと男湯だけだし)
これは、昔労働者と中産階級で部屋が分かれていた名残なのだ。
▲The Cock inn(Buckinghamshire,UK)
たとえば、これはバッキンガム州の古いパブ。向かって右側から入る入口と、向かって左側の花が飾ってある入口とがある。
店内に入ると、室内がいくつかの部屋に分かれていることが分かる。なかには4〜5室もあるようなパブもあり、酔っ払ってトイレに行ったら、元の場所に帰ってこられなくなった、などという経験はないだろうか。(それは俺だけ?)
パブは、つい最近まで(20年ほど前まで)はふたつの部屋に歴然と仕切られていた。
労働者が仕事帰りに一杯やる「パブリック・バーPublic Bar」(あるいは「タップ・ルームTap room」)と上流階級がゆっくりと食事を楽しみながら飲む「サルーン・バーSalloon Bar」あるいは「ラウンジ・バーLounge Bar」)だ。ときには、後者の中にスナッグSnugと呼ばれる個室が加わることもあった。
周知の通り、イギリスでは階級意識が強い。大きく分けて上流階級、中産階級、下層階級に分かれる。各階級の中でも序列は細分化されており、たとえば上流階級は、いわゆる貴族全般を指すが、その中身は、王室から始まり、その親族の公爵など、(世界史でやった公侯伯士男、ってやつね)から、勲章をもらったナイトまでの上下関係があるし、中産階級、下層階級もそれぞれ3つに分かれるという。
ちなみに上流階級は、もちろんパブなどには出入りせず、クラブと呼ばれる会員制の集まりに行く。いきおい、中産階級はサルーン・バーへ、下層階級はパブリック・バーへ行くことになる。
ここに、どんな人がラウンジへ、どんな人がパブリックバーへ行っていたかを分かりやすく想像させる文章があるので引用しておこう。
「…ラグビーの話はサルーン、サッカーの話はパブリック・バーだ。タイムズを読んでいる人はサルーン、サンを読んでいる人はパブリック・バー。…ティーを入れるときに後からミルクを注ぐ人はパブリック・バーで、ミルクを先に入れてから紅茶を注ぐ人はパブリック・バーだ…」(『ロンドン・パブ物語』)
ただ、ご存知の通り現在はイギリスにも能力主義が訪れ、中産階級と労働者階級の階級が流動化したために、この区別はほとんど無くなったと言っていい。
これに伴って、現在のパブは、室内を改装し、複数だった部屋をひとつにしているものも多い。ただ、全面改築というわけにいかないので、入り口が依然として二つあったり、もともとパブリックバーだった部分の木の床に絨毯を敷く予算がないときはそのままにしてあったり、開き直って若者向けにダンスフロアにしてしまっているようなところもある。
■一般的なパブの間取り■
図の説明 なぜか、正面から向かって右手がパブリック・バー、左手がラウンジ・バーということが多い。パブリック・バーからは、@を見てもキッチンしか見えない。両方のバーの客同士が顔を合わせなくていいように配慮されている。後世、リフォームしたのか、Aのように、両方の部屋を行き来できるようになっているところも多い。
「え?じゃあ旅行者はどっちに入ればいいの?」心配することなかれ、パブリック・バーで一杯やり、小腹が減ったところでラウンジに移る、などということも出来る。日本のように「あっちの席移っていいですか?」など聞く必要もない。
さて、パブリック・バーの方から入ってみよう。
このパブの場合、見るからに安っぽいドアだ。
「パブリック・バー」は木の床であることが多い。仕事帰りの労働者の服は汚れているからだ。ただ、このパブの場合、石のような素材だった。椅子、机も簡素なもの。かつてはほとんどが立ち飲みだったので、テーブルなど無かったが、近年はテーブルに座れるばかりかカウンターに椅子が置いてあるところが多い。もともとは木の床だったのだろうが、後からじゅうたんを敷き詰めてあるパブもある。ダーツやショブハペニーなどのパブ・ゲームがある場合もある。
次に、サルーン・バーの方に行ってみよう。
このパブの場合、さっきの写真の左側からの入口、ラウンジという表示のドアを空ける。
「ラウンジ。ドレスコードあり。静粛な態度を求む」という表示があるのは、ダービー州・ドルフィン・インDolfin
inn(ダービーいち古いパブ)
「ラウンジ・バー」は毛の長いじゅうたんじきで、椅子もゆったりしていて、食事が出来るようにテーブルも広めで、絵が飾られるなど装飾も豪華だ。たいてい本物の火が入る暖炉がある。
The Chafford Arms(East Sussex)の天井。ジャグJugをかけるのも、ヴィクトリア調ならでは
このパブには、一番奥に集会室もあった。地域の集まりに利用されるという。定員30名ほどの部屋だった。ホワイトボードもないし、「市民会館」の集会室とは、ずいぶん趣が違う。これでビールでも飲みながらやったら、ただのダベリ会になってしまうような気が…余計な心配?
■上にはB&B、下にはビールの貯蔵庫■
また、別のこのパブ(ノッティンガム州・ネルソン・アンド・レイルウェイNelson&Railway)のように、玄関はひとつだが、ドアが2つある、というところもある。左のTAP Room とはパブの前身の一つであるジン・パレスだった時代の呼び方。(パブの発祥と歴史)その名の通りTap(蛇口)からビールを注いだ部屋。右のドアはスナッグとダイニング・ルーム(ラウンジのこと)に続く。現在はどちらから入っても、どちらの部屋にも自由に行ける。
「スナッグ」にはソファ、座り心地のよい肘かけ椅子などがあり、よりくつろげる。商談、より親密な話題をするときに使われる。かつては見合いが行われたこともあり、その際に女性がパブに足を踏み入れたのが女人禁制が解かれるきっかけとなったとか。この写真には男性しか映っていないが、この日もカップル(夫婦だろう)が親密に話をしていた。
カントリー・パブなら必ず庭がある。写真は、2Fから見たフロントガーデン全体。
手前がパブの建物となる。
天気がいい日にこんなところで飲めたら最高!
ここはかつてインInnだった名残りで、2FがB&Bになっている。一晩20ポンド(約4千円)で朝食付きという安さ! 20畳ほどの広い部屋には、こんなダブルベッドが二つもあった。このように、今も宿泊できるパブは2〜3割程度残されているように思うが、価格は、驚くほど安い。私などは、普通のB&Bに泊まるくらいなら、おいしいビールに直行できるパブでの宿泊の方がいい。朝はしっかりフルイングリッシュブレックファストが出るし。
どのパブにも、地下、あるいは半地下に「セラー」(貯酒室)があり、仕入れたビールはそこへ入れられ、温度管理をされている。ビールだけでなく、ワイン、ソフトドリンク、などの倉庫でもある。従業員しか持っていない鍵を明け、階段を降りると…
トンネルのような小さな地下室に、所狭しと樽が並び、1階までパイプがつながっている。セラーは、11度前後に保たれている。その結果、セラーの室温で飲むリアルエール(→ビールについて)は、13度前後でサーブされる。
パブによっては、あとから作ったのか、セラーの小部屋があり、ガラス越しにビールを見ることができる。客としては、この方が気分が盛り上がるというものだ(Victoria
Hotel, Nottinghamshire)