リアルエールの危機
実はエールビールが近年イギリスで廃れている。喉ごしが良いラガービールに押されているのだ。その状況を詳しく調べてみた。
■大陸からの「ラガー志向」の影響■
近年、リアル・エールの売上自体は落ちていて、民間市場調査機関Mintel社によると、95年から99年間の4年間で31%も落ち込んでおり、さらに2000年に入って10%減少する見とおしだ。
これの原因は単純、現代人の「エールビール離れ」が進んでいるからだ。
これは、簡単に言えば、大陸の人々のラガー嗜好の影響を受けている、ということになる。最初のラガービールの波は1960年代にやってきた。フランスからクロイネンベルグ、ベルビーからステラアルトワ、ドイツからレイベンブローなどの銘柄が輸入されるようになった。人々の需要に押され、1970年代になると、イギリスのナショナル・ブランドたちが現地のビール会社と提携して、次々とこういったラガービールを醸造しはじめる。ウィットブレッド社がハイネケンとステラアルトワを、バス社がカールスバーグを、スコテッシュ・クーリッジがクロイネンベルグを、というふうにだ。
イギリスにおけるラガービールの消費量は、過去6年間で40%増加している。現在生ラガーはパブで年間約20億リットル飲まれているのに比べ、生エールは3分の1弱の6億リットルだ。(Mintel社調べ)ラガービールの喉ごしの良さとエールビールの味わいの深さを両方併せ持つボトル入りのSmoothflowの売上も急速に伸びている。これは60年代に英国内で飲まれていたビールのうち、リアルエールとスタウト(ギネスビール)が90%だったことを考えると、ものすごい変化なわけだ。
■小ビール工場、個人経営のパブの消失■
小規模なブリュワリー(マイクロブリュワリーともいう)は、主にリアル・エールを醸造しているが、最近のこのリアルエールの売上低迷が原因で、多くのマイクロブリュワリーが閉鎖に追い込まれている。ほとんどがナショナル・ブランドのビール会社に吸収されたところも多い。CAMRAの会報でも、毎月のように、「どこそこのブリュワリーがピンチだ。みな署名を集めよう。資金を提供しよう」と騒ぎ立てている。84年以降に閉鎖した醸造所は約55箇所、99年の1年だけでも10箇所にのぼる。Rectory Aleというマイクロブリュワリーを経営するケント州の牧師・ブロスター氏によると、ビール販売において、流通の人件費が一番かかるので、小さいところは全国に流通しづらく、これが醸造量を増やせない原因だそうだ。
こうしたブリュワリーは、中規模のものも含めて、経営しているパブごと大手のブリュワリーに吸収されてしまう。いつも通っていたパブに久しぶりに行くと、すでにオーナーが変わっていて、ビールのラインナップがガラっと変わっていたなんてこと、よくあるのだ。
■各社の生き残り作戦■
こういった危機を見事に打破した好例は、ギネス社だ。「古くさいビール」というイメージを打破すべく、多額の宣伝費を投じ、通常6、7℃で飲むところを3,4℃で飲む新商品ギネスコールドを出し、スタイリッシュな瓶も開発するなどして、若者の心を捉え、いまや世界的に押しも押されぬビールブランドに発展した。ギネスビールについて
リアルエール醸造を中心とする伝統的醸造業者にも、明るい未来がないわけではない。スコティッシュ・クーリッジ社のように若者向けに冷やしたビールや、ヤングス社のようにラガーとリアルエールの妥協のようなビールを開発しているところもある。また、このまま大手醸造業者による地方醸造業者の吸収・合併が進むと、このような合理化により、同じ銘柄を大量生産したり、全国に流通できる可能性が以前よりすっと高くなる。そんな中で、大型の新商品が当たれば、起死回生もあり得ると見られている。
またテスコTescoやセインズベリーSainsberryなどの大手スーパーマーケットにもエールビールが置かれるようになった。たとえばセインズベリーと提携しているホップバックHopback社は自社ブランドのエールにより業績を上げている。
■今のイギリス人は、おかしい!?■
ところで、最近は、パブ内でのビール自体の売上も落ちている。その理由は2つ。一つは人々は家で過ごすことが多くなり、オフライセンスで買える格安の缶入りのエールビールを多く消費するようになったからだ。もう一つは、一般消費者によるヨーロッパ大陸からの安価なビールの持ち込みである。ユーロスターなどで気軽に大陸に行けるようになった今、酒税が安く・関税がかからなくてもいいので、大量に不法輸入する人が増えてきたのだ。その量は実に1日130万パイントと言われている。トランクが多少重くなっても、安さには勝てないということか。
こういった現象を、イギリス人たちは、どう思っているのだろうか。エールビール愛好の立場であるCAMRAのPR、イアン氏や先ほどのブロスター氏は、当然このように語っている。
「ここ30年くらい、イギリス人はおかしい。アメリカや大陸の文化に侵されている」
なるほど、彼らの考えを古臭いオヤジの頑固と見るか、伝統文化を重んじる愛国心と見るか、私には判断がつかないが、いつの時代にも、時代の流れに難色を示す輩が必ず現れる。
さて、10年後はどうなっているか、楽しみでもあり、パブ好き・エール好きの私としては心配なところでもある。
ただ、一つだけ、アンケートをした限りでは、若者でもエールファンは意外と多いことを付け加えておこう。
Home